双極性障害2型と暮らす

双極性障害2型、仕事をしながら薬調整をしようとしたが、失敗。2度目の休職者のきままなブログ

双極性障害の気分の波の中 ー仕事中最も辛いときはー

どうも。

 

双極性障害の気分の波に翻弄されて、休職してトレーニング中です。

ブログも色々書いてきましたが、最近、双極性障害のことあまり書いてなかったので、久々に書こうと思います。

 

目次

 

1 「調子はどうですか?」は結構困る質問

双極性障害になり、症状を職場に説明した後、事情を知った人からは声をかけてもらえるようになりました。とはいっても、症状は世間一般的に言われている双極性障害の症状であり、まだ自分の具体的な症状についてはあまり分かっていませんでした。

そういう状態で「調子はどうですか?」と聞かれると答えにくかったんです。

「なんとか大丈夫です」

こう答えていました。大丈夫じゃないときに「大丈夫じゃないです」とは言えなかったんです。

それともう一つこういう言葉もよくかけられました。

「無理なさらずに」

もはや無理しないと仕事出来ない状態だったんです。双極性障害が分かったときは「うつ」期に入っていましたから。でも、一回目の激「うつ」ではなかったので、動けると思って無理して仕事していましたが、がんじがらめの状態でした。

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2 「最近、調子よさそうだね」「もう大丈夫なんじゃない?」

躁状態の時、確かに仕事がバリバリできます。睡眠時間も短いし、いろんなことが過ぎ去っていきます。そういう状態をみて「最近、調子よさそうだね」「もう大丈夫なんじゃない?」と言って、仕事を多く振られるようになります。

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すぐに終わらせられる単発の仕事なら良いんですが、しばらく先の仕事を振られるときが結構あるんです。双極性障害のことを説明したとき、基本的には一生付き合っていかないといけない病気だと説明しても、すぐに忘れられます。「元気=治った」と解釈されるんです。

でも、軽躁状態はそう長くは続きません。私の場合は1週間くらいは超元気、次の1週間くらいも気分は高いんですが、その前の1週間の活動量の多さに、頭痛がしたり、集中力が切れたりしています。その後は、「うつ」がやってきます。だから、1ヶ月後の仕事を振られようもんなら、大変なことになります。

でも、そんなことは時間が経って、自分の変化が分かってきたときのことです。そうでない状態の時は、分からずに仕事を引き受けてしまうんですよね。そして当日が近づいてきて、やっぱりできないってなります。そうして、罪悪感から自信を失っていきます・・・

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そんなことを経験すると、先の予定を入れるのが恐くなって仕事の約束ができません。そうすると、今度は断るたびに、また罪悪感が襲ってきます・・・悪循環ですね。それだけ頼ってもらえるのは嬉しいのですが、それに応えられなくなっていきます。

まぁ、そのうち、誰も先の予定の仕事を振ってこなくなりました。状況を知らずに振ってくる人がいても、「そのときの調子によるので、なんとも返事が出来ません。準備等の補助ならできますが・・・」と言えるようになっていきました。

 

3 何をやるにも「大丈夫?」と確認される

軽躁、うつを繰り返しながらも、何とか仕事をしていると、徐々に周辺症状も現れ始めます。私の場合は、パニック症状が顕著に現れ始めました。色々ダメなことが増えていったんですが、すでにダメなところが分かっている場合は、そのときの調子次第で返事できるんですが、いけるかどうか分からない場所は、「行ってみないとわからない」という状態になるんですよね。

その頃、発達障害について勉強する機会があり、自分が聴覚過敏だったことに気がつきました。他にも感覚過敏、嗅覚過敏がありました。そういう過敏症の影響からもパニックがひどくなっている可能性があるんじゃないかと思い、聴覚過敏対策に、デジタル耳栓を買って付けてみました。

そうすると、少しだけパニックが起こりにくくなりました。完全に防げるわけではないんですが、少しだけいられるようになったのです。頓服の薬と併用すれば会議に1時間くらい出られるようになりました。ただし、薬をマックスに使うので、その後しばらく寝込まないといけないので、いけてると言えるのかは微妙でしたが・・・

そんなこともあり、余計に「大丈夫?」と聞かれることが増えていきました。完全に大丈夫な時以外は、大丈夫って言わない方が良いのかなと思うようになりました。だって、大丈夫っていって、大丈夫じゃなかったら、「えっ、さっき大丈夫って言ったやん」ってなりそうなので。だから事前に大丈夫じゃないって言っておけば、それ以上は何も起こらないからいいのかなぁと・・・

あっ、また出来ないことが増えてしまった・・・

結果的に悪循環になるんですけど、仕事を振られて追い詰められるよりはマシと思ってやり過ごしていました。

 

4 知られてはならない存在がいる時

仕事をしていく中で、双極性障害であることを打ち明けて良い人ばかりではありませんでした。どうしても知られてはならない存在がいました。

その人々に罪はないのですが、どうしてもしんどいときでもやってくることがあります。他の人が対応できれば良いのですが、どうしても私でなければならないことが多々ありました。しんどい体を起こし対応する。それが結構辛いときもありましたが、その後、色々な人から、「無理しなくても」や「相手するの大変じゃない?」とか言われます。コトに対してそう言ってくれるのはいいのですが、誰も「対応できるように変わろうか?」とは言ってくれませんでした。

自分の仕事だから仕方ないのですが、仕事をする以上、自分でこなさないといけないことは頼めないんだなって思いました。

「この状態から脱しようと思えば、休職するしかない。そうなったら誰かが代わりにやってくれるか、その相手との仕事が終わるだけ・・・」と思いました。

相手に説明できないことが心苦しい状態でしたが、そういう風に考えてしまいました。

 

5 休職するタイミングも考える

私は仕事をしている中で、気分の高いときと低いときが交互にやってきていました。気分の高い時が2週間程度。うつの状態が1ヶ月。そしてまた気分の高い時と繰り返しです。フラットな状態がほとんどありませんでした。

 

気分が高い時は調子がよく、仕事をバリバリとこなせるので、このまま仕事を続けられる。大丈夫。

 

気分が低い時は、こんなに休んじゃって有休も残っていない。やっていけるんだろうか。毎日通うのが辛い・・・

 

こんな感じでした。自分自身の中でも、仕事を続けるか、休職するかの選択が出来ない状態でした。そこで、管理職に事情を説明して、仕事を続けるか、休職するかの決断をしてもらうことにしました。そして、結果的に休職することになりました。

すぐにでも休職したかったんですが、引き継ぎ等もあったので、すぐには休職できませんでした。職場の都合に合わせて休職です。大体一ヶ月くらいあったのですが、かなりハードな時期を過ごすことになりました。

 

6 おわりに

以上で今思い出せる範囲での仕事中の辛いときでした。周りの人は悪気があったわけでは無いと思うので、恨んだり、憎んだりはしていません。ただ、よく分からない病気になった同僚がいるというレベルだったんだと思います。

でも、私の職場は精神的にやられたのが私一人ではありません。私が初めて仕事に就いたとき、すでに精神を病んで休職をしている方がいました。その方は復職することなく退職されました。

そして、その後にも「うつ」が再発して退職する方がいました。そして、私がなりました。そして、休職して復職してまた、休職しました。そうこうしているうちに、同い年の同僚が精神を崩しました。その人はまだ仕事を続けています。心配です。

周りの人を恨んでも仕方が無いと思っていますが、あの職場は異常だと思います。精神的に病んでいく人が毎年のように出ています。気をかけているように見えながら、どんどん追い込んでいく・・・そんな感じなのかもしれません。

私は復職をする予定ですが、できるだけ早く異動させてもらおうと思っています。これ以上いたら、本当に殺されると思うからです。そして、そうやって死んだとしても、きっと私個人の問題で死んだって言われる、いやそう持って行かれると思うからです。

 

私が職に就いたとき、組織のトップは言いました。

「あなた方は、組織のコマではありません。最先端です。現場で最新の事実に触れて仕事をされる、最先端なのです。」

こう言っていました。なんだか守ってもらえそうな気がしていましたが、そうではありません。「組織のコマ」ならまだ使ってもらえるのでしょう。私たちは最先端。つまりトカゲの尻尾の最先端です。切られて終わりだったんだなぁって思います。

だから、今は計画を練っています。その計画を練って、実行に移すまでには少し時間が掛かりそうです。だから、その数年は耐えて、お金を貯めようと思います。

その数年を耐えられるようにするために、今はしっかり休んで回復に専念したいと思います。