双極性障害2型と暮らす

双極性障害2型、仕事をしながら薬調整をしようとしたが、失敗。2度目の休職者のきままなブログ

昔の病の治し方 ー法力ー

どうも。

 

双極性障害の気分の波に翻弄されて、溺れてしまいました。今はバタ足から練習している状態です。

このブログでは病気のことだったり、気になったことだったり、いろんなコトを書いています。まぁ、きままなブログと銘打ってますので、きままに書いているんですが、今回は自分が専門でもあった古典の世界と絡めて書いてみようと思います。

 

目次

 

1 宇治拾遺物語について

みなさん、『宇治拾遺物語』って知っていますか?高校を出た人なら、大抵習っていると思います。古くからずっと導入として使われています。中高一貫校なら中3くらいで習っているかもしれません。とにかく古文を習うとき、入り口に配置されているんです。ウィキペディアにも詳しく載っています。

宇治拾遺物語 - Wikipedia

簡単にまとめ直すと、

成立は13世紀前半(平安時代)。『今昔物語集』と並んで説話文学の傑作と評されます。

編者は未詳。(つまり誰が編集して物語にしたかはわからない)

内容は、日本、天竺(インド)、大唐(中国)の三国を舞台とする。

ただし、オリジナルの話は少なく『今昔物語集』とかぶるところが多い。(これはウィキには載ってませんが、編纂されたのは古いものの、人目に触れたのは後世になってからと言われています。)ちなみに、『今昔物語集』と同じ種本を元にしていると思われるので、話の重複は仕方ないと思います。。

民間伝承として、昔話に話が残っていたり、芥川龍之介が短編小説の題材に取り入れたりとポピュラーな作品。

仏教説話を含むが、ユーモラスな話が多い。

 とまあ、こんな感じで、学校で習った時に古文嫌いになる入り口ともなっていますが、実は古くから愛された作品なんです。芥川龍之介が作品を書く際の参考にして、売れるくらいですから、そんなにほど遠い作品でもないはず・・・

ちなみに、初学者向けようの角川ソフィア文庫にも入っています。

 

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それでも厳しい人は、岩波少年文庫にも入っていますので、現代語で話し口調に崩してくれているので読めると思います。

 

2 今回の注目のお話 ー宇治殿倒れさせ給ひて実相房僧正験者に召さるる事ー

ちょっとタイトルは長いですが、要は「お偉いさんが病気で倒れたので、偉いお坊さんを呼びに行った話」ってことです。

試しに引用してみたいと思います。何となく話の流れが分かるかもしれません。

 

これも今は昔、高陽院造らるる間、宇治殿御騎馬にて渡らせ給ふ間、倒れさせ給ひて、心地違はせ給ふ。

高陽院(かやのいん)建造中に、これを視察しに「宇治殿」が馬に乗って行ったとき、倒れなさって、病気なってしまわれた。ということです。「心地違はせ」というのは普段とは違う状態、つまり病気になったんですね。

急病です。一体これは何の病気なんでしょう?

 

心誉僧正に祈られんとて、召しに遣はす程に、いまだ参らざる先に、女房の局なる女に物憑きて申して曰く、「別の事にあらず。きと目見入れ奉るによりて、かくおはしますなり。僧正参られざる先に、護法先立ちて参りて、追ひ払ひ候へば、逃げをはりぬ」とこそ申しけれ。

「心誉僧正」とは力のあるお坊さんです。ここでは加持祈祷の能力が高いということですね。古典の世界、つまり昔の日本では、病気になったら、「加持祈祷でお坊さんに祈ってもらったら治る」と信じられていたんです。だから、修行を積んで徳の高い僧を呼んで治してもらおうってことです。今だったら名医を呼んでこようって感じです。

その心誉僧正を呼びにいかせて、待っている間に、女房に仕えている女に異変が起きます。霊に取り憑かれるんですね。そして、取り憑いて発言するんです。

「大したことないよ。ちょっと目を見つめてやったら倒れちゃっただけです。心誉僧正がここに来る前に護法童子(法力の高いお坊さんが使える目に見えない使いです)が先にやってきて、悪さをするやつを追い払ったので、逃げてしまいましたよ。」

こんなことを言うわけです。女に取り憑いた霊がやったわけではなさそうですね。悪さをした霊を見ていた別の霊が教えてくれたって感じですね。

でも、僧正すごいですよね。事情を聞いたのか聞いていないのか分からないけれど、自分が行くまでもなく、聖なる力の召使いをやって追い払ってくれるんですから。さあ、この物語あと少しだけ続きます。

 

則ち、よくならせ給ひにけり。心誉僧正いみじかりけるとか。

そこで、ご病気はすぐさまよくなりました。ほんとうに心誉僧正はりっぱなお方であったとか。

こんな感じで話を締めくくっています。倒れた宇治殿はすぐに回復されたんですね。よかったよかった。自ら姿を現さずとも病気を治してしまうなんて、心誉僧正すごーいって感じなんでしょう。

という短いお話でした。

 

3 法力によって治ると考えられていた世界

さて、今回見た話はたまたま短くて引用しやすいので引っ張ってきましたが、古典の世界では加持祈祷、法力によって病気は治ると考えられています。主に貴族の日記になるのですが、誰々が(有力貴族)がご病気になったときは、どこそこの僧侶を呼んできて、何日も加持祈祷をしてもらって病気が治ったという話があります。

現在の西洋医学中心に考えられるようになった日本ではあり得ないですよね。逆に、昔の人からすれば今の医療は信じられないと思います。こんな訳の分からない錠剤なんて飲めるか!って捨てられると思いますよ。

 

法力によって病気が治ると考えられていた時代には、「うつ病」とか「双極性障害」とかありませんでした。そういう精神状態に追い込まれる人はいたかもしれません。たとえば、「物忌み(ものいみ)」という風習がありました。これは今も「忌引き」として残っていますが、身内に不幸があった場合、その災厄を取り除くために外に出ずにうちに引きこもる方法です。物忌みをせずに、仕事に行ったり、外に出たりすると、祟られておかしくなってしまうと考えられたのです。

これって、精神的ショックが大きいので、そのショックを落ち着かせるために静養したほうがいいという昔からの知恵だったのかもしれませんね。ちなみに、「最近ついてないなぁ。仕事上手くいかないなぁ。」ってことで、何日間か物忌みをする貴族もいました。これ、今の社会でも出来たら「精神病」って減るんじゃないかって思ってしまいます。

ちなみに物忌み中に・・・(あっ、これ以上物忌みに突っ込むと話が変わってしまう。自重します)

 

昔の世界では病気は法力で治す。しかも、精神的ダメージの大きい物があったときは物忌みと行って引きこもって安静にするという社会制度があったということなんです。法力によって祈られたら、なんか御利益有りそうな気がしますもんね。気力が回復すれば治る病気も結構あるってことなんじゃないかなぁって思います。

 

 4 宇治殿の病気は一体何だったのか

私は古典の世界で病気の話が出てくると、いつも考えてしまうのです。この病気って結局何だったんだろうって。当然、詳しく説明されていませんし、研究もされません。有名な昔の人の死因は、後にこうだったのではないかと分析がされますが、物語に登場する人物の病気なんて、「病気だった」という事実だけであとは追究されません。

でも、気になりません?馬に乗ってお出かけしてたら急に倒れちゃった。でも、少ししたら復活した。一時的なものですよね。多分色々あると思うんですけど、風邪とかインフルエンザとか時間の経過があるものではないと思うんですよね。

それに、霊的な物が言う「目を見た」というところが引っかかるなぁと思うんです。女は取り憑かれて言ってることになっていますが、この物語を考えた人は「目」が原因でおかしくなったんだと考えていると思うんです。

「人の目」によって、一時的におかしくなる病気・・・これはどうしても自分の状況と照らし合わせた考えてしまうのですが、「パニック発作」だったのではないかと思うんです。

古典の世界では登場人物の心情が詳しく書かれません。だから全くの想像です。根拠はありません。

私の妄想力を働かせて考えると、高陽院を建てている時にそれを見に行こうとしているわけです。当然、邸宅を建てると言うことはすごく費用が掛かりますし、建物がみすぼらしくては風評被害を受けかねません。だから、すごく気を遣うと思います。見学と言っても、ただの見学ではなく一大イベントになるのです。そんな中、準備を進めて気を張って、いざ見に行こう!と思って見に行く。

心に毛が生えている人ならまだしも、人目を気にする人なら心にプレッシャーを感じていると思います。

 

宇治殿というのは「藤原頼通(ふじはらのよりみち)」です。道長の息子で、摂政、関白、太政大臣氏長者とかなりプレッシャーの掛かる役職についています。親父の威厳もあるので、下手な真似は出来ない。色々なことに気を配っていたことでしょう。そんな折、外に出かけて人の目線を浴びてしまい、倒れる。

 

これってやっぱりパニック発作じゃないですか?もちろん、心労で倒れることもあると思うんですが、そのときはしばらくぐったりすると思うんです。「心地違はす」とあることからも、いつもと状態が違うんですよ。端から見ても「大丈夫?」って思う状態です。

パニック発作はそのときや人にも寄りますが、5分~30分くらいでピークは終わります。遣いの者を心誉僧正の元へ送ったとあるので、それくらいの時間経過はあるかなと思います。そして、護法童子が追い払って治ったとなってますが、基本的には自然治癒です。パニック発作が治まったと考えれば、時間経過とも整合性がとれます。

 

何も根拠がないので、こういうのは文学の世界では論文にはなりません。豊かな想像力ですねで終わってしまいます。(文学の世界の論文は実に論理的に書かなければならないのです。信じがたいかもしれませんが・・・)

 

5 おわりに

ということで、今回は昔の病の治し方ー法力ーということで、法力によって病は治ると考えていた点、そして、物語の起こった病が今の病気で言えば何に当たるのかを考えてみました。

古典って難しいようなイメージがあるかもしれませんが、短いお話で分りやすいものもあります。あとは、色々な説明が付されるので情報がパンクしやすいので、それをそぎ落とすと結構シンプルに楽しめます。

私は日本古典文学全集(旧全集)をいくつか持っているので、それを読んで楽しんでいます。たくさん情報が載っているのですが、必要な部分を拾っていけば良いと思っています。そういう視点で古文を紹介して、少しでも興味を持ってもらえたらなと思います。

 

今回は短いお話でしたが、以上です。最後まで読んでいただきありがとうございました。