双極性障害2型と暮らす

双極性障害2型、仕事をしながら薬調整をしようとしたが、失敗。2度目の休職者のきままなブログ

今の職業を選んだ理由

どうも。

 

以前の記事にこれまでのことを振り返って、自己を見つめなおそうと思うと書いたので、見つめ直します。

 

 

soukyoku2.hatenablog.com

 

 

 仕事に関する記事で一番最初に書いたのはこれだと思います。ブログ始めた頃でまだ、読者もいない時期の記事です。

soukyoku2.hatenablog.com

 それから、気になって、自分の記事で「仕事」という言葉を使っている記事を検索してみると、かなりたくさんでてきました。168記事中85の記事に「仕事」というワードが含まれていました。

こうやってみると、私は仕事に対して、結構意識が行ってるんですね。自分のブログの検索機能使ってみると、案外、自分が無意識に使っている言葉に気づくかもしれませんね。

今回は私が仕事を選んだ理由について書いておこうと思います。

 

 

1 昔なりたかった職業

幼少期、幼稚園から小学校くらいまで、ずっとなりたかった職業は「パン屋さん」でした。どうしてパン屋さんなのか、理由は覚えていません。でもパン屋さんになりたかったことは覚えています。

小さい頃は、周りは「ウルトラマンになりたい」とか「ヒーローになりたい」とかそんなことを言ってる子が多かったです。でも、そういうのはなりたいと思いませんでした。

パンがおいしかったからかなぁって思う気もしますし、一番身近だったからというのもあるかもしれません。とにかくパン屋さんでした。

 

ところが、中学生の時に転機が訪れます。「小麦粉アレルギー」です。中2の時です。風邪からこじらせて、熱が激しくなり、意識を失いました。救急車で病院に運ばれた結果、アレルギー性肺炎とアナフィラキシーを起こしていました。死にかけました。

そこで、血液検査が行われ、食物アレルギーの存在に気づいたのです。「米・小麦・そば・大豆」。この四つが引っかかりました。花粉とかハウスダスト等もありましたが、最も困ったのはこの食物アレルギーです。

病院食も結構制限されて、一人だけ質素なメニューでした。でも、そこで、小麦アレルギーになってしまったので、パン屋さんは出来ないなぁって思いました。

 

中学3年生になる頃には、受験も視野に入れて面談が始まります。「将来何をしたいか」と聞かれることが増えてきます。特にしたいことはありませんでした。小学生の頃からタレント養成所に入っていて、中学生の頃はちょこちょこお仕事もらっていたので「俳優」かなぁってぼんやり考えていましたが、それほど熱意はありませんでした。

 

「自分の能力に限界を感じていたからです。」

 

周囲のキラキラした人たちには勝てないなって思ったんです。そういう人を差し置いて仕事をもらえることもあったのですが、一体何がいいんだろう?って理解出来ませんでした。だから、それをやるのは無理だなぁって思いました。

そこで「商業科」に行こうかと思いました。何か「商業」をやっていれば、お店が出来て生きていけるんじゃないかって思ったんです。高校見学も商業科を見に行きましたが、男がほとんどおらず、女の世界であることを知ってやめました。それに父親にも商業科は反対されました。普通科にしなさいって言われた記憶があります。自分には興味を示していなかった父親でしたが、「商業科」は嫌だったそうです。

そのころ、中学校の先生と生徒の溝、学校の対応の悪さから、公務員と教師は絶対になりたくないって思っていました。

とりあえず、何も見つからないまま、普通科の高校に進学することになりました。何も勉強していなかったので、成績は悪かったのですが、半年くらいでそこそこの成績にはなったので、私立の進学校に進学することになりました。

 

2 希望が変わった高校時代

 高校に入ったとき、私は合格ラインギリギリでした。だから、ここで手を抜いたら卒業できないって覚悟を決めて臨みました。

進学校だからみんな真剣に勉強する・・・と思っていたんですけど、そうでもなかったんですね。まぁ、進学校と言っても「標準コース」と「特進コース」に分かれていて、「標準コース」だったので、仕方なかったのかもしれません。定期テストで点数を取って、指定校で進学していく人が多いからです。関関同立の枠がかなりたくさんあったので、受験無しでいけるってわけです。もちろん、下限が決められているので、その成績に満たない人は受けられませんけどね。

 

そんな感じの高校だったんですが、「古典」の授業がヤバかった。1年生は「国語総合」という単位の授業が行われるんですが、私立で土曜日まであったので、時間割に余裕があります。だから、1年生の時から「現代文」と「古典」と分けて授業が行われていました。

「古典」の授業の先生は非常勤の先生だったんですが、話し方が単調で非常に眠たい。早稲田出身の先生で知識は豊富だったのですが、伝え方がうまくない。起きている生徒は自分を含めて3人。これをみて思ったんです。

 

「こんなわけのわからない古文でも、学校の教科になっていて、前で先生が説明をしている。一体どんな世界が広がっているんだろう?

それに、これをもっと面白く伝えることができるんじゃないだろうか?」

 

そう考えたんですね。

古典の世界へ進んでみよう。それに、国語の教員の免許を取ろうと思いました。

 

母校の先生になりたい。

 

そう思うようになったんですね。 これが私の職業選択の結果です。学校で行われたキャリア教育から得たというよりは、授業の様子を見て、そこから判断したという感じです。

 

3 大学時代~大学院時代

高校の国語の教師になるために、大学を選びました。家から近くて、教員免許の取れる場所です。高校時代は勉強を頑張ったので、浪人もしましたが、第一志望に進みました。それなりの偏差値が有り、人気のある大学です。といっても、地域に根ざした大学なので、全国区では全くありませんでした。

私は母校へ帰るつもりだったので、全然全国区でなくて構わなかったのです。

ところが、ここで問題が起きるんです。

 

教職なんてやめてやる!

 

教師が嫌になったというよりも、大学の教職課程の授業内容が嫌になった・・・という感じです。机上の空論が非常に嫌いだったのですが、ものすごく机上の空論の授業が多かったんです。現場の話なんてあまりない。

現場の話をしてくれる先生もいましたが、ものすごく思い込みで話す先生だったので、余計に嫌になったのです。それが公立出身の先生ばかり。

 

こんな腐った世界なら、ならなくていい!

 

そう思ったんです。で、ほとんど単位は取り終わっていたのですが、教職をやめるわと周りに公言したら、ものすごく止められました。

何を以て言っているのかは知りませんが、教職が一番向いていると言われました。出来なかった時代から出来る側へ入ってきたこと、説明がわかりやすいこと、そういうことを言われて説得されました。

なんだかんだとありましたが、説得され、教職を取ることにし、教員免許を取得しました。

 

ところが、そんなこともあり、また大学での研究が中途半端だったので、最後までしたいと思って、進学を希望し、大学院受験一本に絞りました。教採や就活は一切せず、勉強をしていました。

そして、大学院に入り、教員免許のグレードアップをはかりました。免許の種類が変わるんです。

ただし、一度教職を辞めようとしたくらいなので、私は高校の教員免許しか持っていません。中学校の免許は嫌でした。教職を嫌だと思った、腐った世界だと思ったのは中学校あがりの先生ばかりだったからです。

 

ということで、私が手に入れたのは、高校の教員免許だけです。中学校は持っていません。その状態で教員採用試験を受けることになるのです。

 

4 教員採用試験の罠

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罠って書きましたが、自分が招いた結果の罠なんですけどね。

何が罠になったかというと「中学校の免許を持っていないこと」なんです。

母校を含め、私学の教員採用試験を受けようと思ったんですが、受験資格を見ると「中高の免許を両方持っていること」 があるんですよね・・・

これって、その当時の流れだったんですよね。中高一貫教育が流行ってどんどん中高一貫校が増えていったんです。私立も生徒を確保するために、中学校から生徒を確保しようとし始めたんです。その影響を受けて、中高の免許が両方ともいるようになっていたのです。

母校も私が卒業してすぐに共学化、その後中学校開校と言う流れでした。まさしく、余の流れを受けていました。

ということで、私は高校免許だけで受けられる学校しか採用試験を受けることが出来なかったのです。

 

となると、受けられるのは公立学校の教員でした。

筆記試験(一般教養と教職分野)

面接(集団)

筆記試験(専門分野)

面接(個別)+実技試験

こんな感じでした。結構ハードルあるんですよ。簡単になれるって思っている人多いんですけど、それなりに壁はある試験です。

で、採用試験も団塊の世代が大量に抜ける世代のピークを過ぎた頃だったので、倍率も5,5倍くらいでした。それでも、過去の採用試験の倍率に比べると楽な方だったと思いますが。

 

というわけで、公立の学校の先生を受けることにしたんです。志願書取り寄せて、出願しました。

教採受けるときのなぞに出会ったんですが、徒党を組む人が多かったんです。教採対策セミナーみたいな感じで、教採の先輩を中心に対策を立てるセミナーです。

合格者を中心になら分かるんですが、教採の先輩ということは、教採に落ちている先輩を中心に組むんです。

 

落ちた人から情報仕入れても・・・

 

と思ったので、単独で受けました。面接練習や模擬授業、履歴書は友達に見てもらいましたが、数回やって終わりました。

 

そんな感じで、無理かなぁって思いながらも、採用されました。

その頃には、大学も特待生で授業料免除してもらって勉強させてもらったし、国に貢献するのも悪くないかと思いました。

 

という感じで、今の職に就いています。

最初は絶対嫌だったもの、そして、なりたいと思い、再び嫌になって・・・みたいな感じで、二転三転しているんです。

 

それでも教えることは好きだし、生徒とのやりとりは好きです。補習もやるし、相談に乗るのも苦痛じゃありません。一緒に悩んで、一緒に解決していけるのが楽しいです。言い部分だけを言えば、だけですけどね。

 

ということで、今回は自分の職業を選んだ理由を書いてみました。プロフィールにもう書いちゃったので、明かしましたがこういう経緯で仕事に就きました。