双極性障害2型と暮らす

双極性障害2型、仕事をしながら薬調整をしようとしたが、失敗。2度目の休職者のきままなブログ

プロ奢ラレヤーの生き方に学ぶもの

どうも。

 

最近、パソコンで記事を書いてみてるんですが、目次とかの使い方がよく分かりません。どうやるんだろう・・・HTML昔はよく使っていたんですが、もう10年以上も触ってないと忘れてますね。もう一回勉強し直そうかな。

 

さて、今日はプロ奢ラレヤーさんについて書きたいと思います。

twitter.com

 

私が彼を知ったのは他の双極性障害の方がつぶやいていたからです。abemaTVに出演されたときの動画がYouTubeにアップされていたので、それをみたのです。


“人のお金で生きる” プロ奢ラレヤーとは? 働く=古い、無職=新しい?

 

最初「プロ奢ラレヤー」と見たとき、どういう意味かなぁと思いました。「奢られ?」と思いました。そうしたらそのままの意味でしたね。人に奢ってもらって生きていくということなんですね。

しかも微々たる奢られじゃないですよ。住所不定、定住はされていないようです。なので、家賃は掛かりません。結婚もされているようですが、同じ国にはいるけれど、ずっと行動を共にしているわけではなさそうです。そして、食事です。食事は奢ってもらうことで食いつないでいるんです。「人の金で食うナポリタンはうまい」なんて平気でいえるのがすごいです。寝る場所も奢ってもらっています。移動費が必要になっても、Twitterでラインペイで奢れって言うと、お金が入ってくるそうです。

 

こんなこと誰が予測したでしょう。誰も思いつかなかったんじゃないかって思います。(だからこそ、彼が成り立っているんだと思います。真似した人がでてもうまくいかないでしょう。1番目のアイディアマンだからですね)

こんなこと思いつかないのは、学校教育を受けているからだと思ってしまいます。学校教育の中では、「今ある職業」から将来を選ぶように言われます。色々ある仕事を選んでいくわけですが、その時の社会にある「職業として認められている職業」を選ばねばなりません。私自身もその中から選んでいます。そう考えると私が高校生、大学生の時には「YouTuber」なんてものもありませんでした。

 

 

彼もTwitterでつぶやいていますが、この先生も職業については自分の当たり前の中で語っているんだと思います。「社会」というのも学校だけという可能性も高いと思いますが、大学でインターンや友人話を聞くことで「社会」を語っている可能性もあります。そして、基本的に社会は「自分の時間を犠牲にする」ことでお金を稼ぐことなんです。まさか、人に奢ってもらうことでお金を得るなんてあり得ない世界だったと思います。

 

さて、私も「時間を犠牲にする」ことでお金を生み出す仕事をしています。定時に帰ろうが、残業しようが一律の上乗せでお給料は増えません。ということは定時に帰ることが最大効率だと思っていました。だから、ビジネス書を読んで、如何に早く仕事を終わらせるかを勉強していました。仕事の作業効率アップ=給料アップだと思っていました。でも、それで増えるのは微々たるものであり、上限が増えるわけではありません。

 

そうして、仕事で色々達成しようと働いていたので、結局、効率アップしても残業をやめることはありませんでした。限界いっぱいいっぱいの状態で長時間労働しました。成果を上げることで妬まれ、パワハラを受けたり、足を引っ張られたりした結果、積もり積もって精神を病みました。最初は「うつ」。そして「双極性障害」に。

 

はっきりいって家に帰ってからも常に仕事のことを考えていました。結局プライベートな時間が殆ど無いんです。そして、休職して「自由な時間」を手に入れると何して良いか分かりませんでした。1回目の休職時は引きこもっていました。そして、何も生み出していません。経済や株の勉強したことが唯一のプライベートで、復帰前には仕事にスムーズに復帰できるようにと家で準備していました。結局仕事してたんです。

 

でも、今回の休職では、「どうやって生きるか」を考えています。なぜかというと、復職して1年半ほど働きましたが「できないこと」がどんどん増えているからです。パニック障害もひどくなってしまいました。求められる業務に対して実行できないのであれば、そんなに長く続かないんじゃないかって思います。

 

そこで、ブログを始めました。書くことは好きだったのではき出そうと思ったのです。Twitterもほとんど身内だけでとまっていましたが、使い方を変えました。そうしたら、色々な生き方に出会うことが出来たんです。

 

そのうちの一人が、このプロ奢ラレヤーです。彼の生き方は今の日本の社会の生き方には無かったと思います。浮浪者、乞食という言葉があった時代、ご飯やお金は「恵んでもらう」ものでした。それに貨幣経済が根付いたのが遅かった日本には「お金」にある種特別な壁があります。自分のお金もそうですが、「人のお金」は手をつけちゃいけない。みんなでお金を集めた場合は1円単位できっちり管理しなきゃいけないという気持ちが強いです。(まぁ大きなお金を動かすようになると麻痺するようですが)

 

彼の生き方をしたとしたら、「うつ」になったり「双極性障害」になったりしないと思います。流れに身を任せて、好きなことをして生きているからです。好きでもないことを我慢して生きて、ストレスをためなくていいからです。うらやましくもあり、目指すべき生活スタイルなのかもしれません。(当然全員が彼のようになってしまうと奢る人がいなくなってしますが)

今の日本は、平穏にみんなが幸せに暮らしているかのように見えますが、社会に適応できない人がいたり、精神を病んでいく人がどんどん生み出されています。経済的に格差が生まれています。富みは裕福な層へ流れていき、貧困層はどんどん貧困になっています。

お金、経済は回らないと社会は潤いません。ある一定の層によどんでしまってはだめなのです。そういう意味では彼はそのよどみからお金を流れさせる一つの穴を開けたといえると思います。

同じ方法ではないけれど、彼のようにそういう穴を開ける必要があると思います。そうでないと、日本は豊かでありながら破綻するという謎の状態になるでしょう。精神を病んでしまい、日本の世紀のルートから外れてしまった今、新たに考えるべき時だと思うのです。

 

プロ奢ラレヤーの存在を知り、今までの価値観からの脱却に役立ちそうです。まだ、何もつかんでいませんが、今あるもののつながりのなかから、その穴を探していきたいと思います。